若いころ、半年毎日しっかりとおつとめをして、
効果がないので、やめたことがあります。
止めると、いわゆる罰(ばつ)があたる
というはなしはありました。が、
しっかりと長生きしてはいますね。
イスラム教は、一度信ずると死ぬまでやめる
ということは、想定されていないらしい。
・・・
一昔前までは、平均寿命は今より圧倒的に短く、
天災や疫病や飢饉などの、原因はよくわからず、
〇〇のたたりじゃー、などとしてお供えをたてまつって
神頼み、するしかない、というか、
身近な人が、どんどん死んでいきますから、
そうであってもある程度平静な心の状態で生きていく
ために、それが神の意志であるとして諦めたり、
来世を考えて、そこで救われるとしてみたり、
などするのは、当然の必要があったのはそのとおり。
でもって、今は、何か信ずるものを持ちたい人が
かってに信ずるのは、問題はないと思うけども、
それを、信じない人で聞きたいとも思わない人に
かってにいろいろしゃべるのは、ダメだと思います。
たとえば教祖が、神のおつげを聞いたり、いわゆる奇跡の
話がつくられるのは、それは、それを信じやすくしていくために
人づてに話が伝わると、ごく自然にその話が大きくなっていく
それも当然のことではあります。
でもって、現実に80億ほど人間がいて、
いろいろな宗教を信じている人や、信じていない人が
いろいろいて、そういう状態で、
たとえば、来世で救われるという教義が自爆テロをさせるための
洗脳に用いられてしまったり、宗教対立をあおって武器商人や
戦争特需で儲けるような連中がいたり、
大切なお金を、寄付すると、救われる、だとお。
そういう、ダメな面もいろいろある宗教を、
信じない人が増えてきるのが現実であって、
我が国ですと、仏教のお寺を利用している人が
多いけども、仏教を信じている、というのではなく
その葬儀のスタイルを利用しているだけ、というのが
大多数だと思います。
そうそう、祖先がいないとわたくしたちは生まれてこない
ので、祖先が大切なのは、そのとおりですけども、
それと宗教とは、何の関係も、ありません。
でもって、その宗教によって、
ご質問のあたりの、いっしょに何をするか
というところは、みなそれぞれ違うので、
先に、いろいろと確かめて、それから
つきあってみたい、のであれば、話をしてみる
のが良いと思います。
一方的に、自分が信ずることの話をする
というのは、すでにダメですけどもね。
これからを生きる若い人を心より応援しております。
ふぁいとお。