いじめの定義についてです。法律を確認したところ、被害者が心身の苦痛を感じているものをいうようです。つまり、被害者がいじめと思ったら犯罪が成立するということです。これってちょっとずるくないですか?少しでも関係を持てばいじめと訴えることができるのは、嫌がらせとして相手に前科をつけることができます。 そこで、さすがにこれはいじめじゃないというラインがあるのですか?(裁くうえで) それとも、やろうと思えばいくらでもいじめにできるんですか? 自分の教養や考えが足りないのは分かっていますが、説明が欲しいです。お願いします。

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1061412

2026-01-20 20:20

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法律の定義を鋭く読み解かれましたね。おっしゃる通り、現在の「いじめ防止対策推進法」では、被害者が「心身の苦痛を感じているもの」といじめを定義しています。

なぜこのような「主観的」な定義になっているのか、そしてそれが本当に「言ったもん勝ち」で犯罪になるのか、重要なポイントを整理して解説します。

1. 「いじめ」と「犯罪(前科)」は別物である

まず、最も重要な区別は、教育・行政上の「いじめ」という言葉と、司法上の「犯罪」という言葉は、扱われるルールが全く違うということです。

いじめ防止対策推進法上の「いじめ」 目的は「早期発見と保護」です。被害者が「苦痛だ」と言えば、学校は調査し、対応する義務が生じます。しかし、これだけで加害者に前科がついたり、退学になったりするわけではありません。

刑法上の「犯罪」 暴行、傷害、脅迫、名誉毀損など、具体的な罪名に当てはまる必要があります。警察が動いて前科がつくためには、被害者の主観だけでなく、第三者から見ても明らかな証拠(怪我、録音、目撃証言など)や、社会的に許容される範囲を超えた悪質性が厳格に審査されます。

つまり、被害者が「いじめだ!」と主張するだけで相手に前科をつけさせることは不可能です。

2. なぜ「主観」を重視する定義になったのか

以前は、いじめの定義に「継続的であること」や「一対多であること」といった条件が含まれていました。しかし、その結果、「一回だけだから」「仲が良い中でのふざけ合いだから」と大人が見逃し、取り返しのつかない悲劇(自死など)が起きてしまいました。

そこで、「本人が苦痛を感じているなら、まずは大人が介入して止めよう」という予防的な意味を込めて、現在の広い定義になっています。

いじめの定義(第2条) 被害者が心身の苦痛を感じているもの。

これは「加害者を罰するため」ではなく、「被害者を死なせないためのアラート」としての定義なのです。

3. 「さすがにこれはいじめじゃない」というラインはあるのか

裁判や学校の正式な調査(重大事態調査)において、すべてをいじめと認めるわけではありません。以下のような「客観性」が考慮されます。

社会通念上の妥当性 一般的に考えて、その行為が相手を傷つける目的や性質を持っていたか。

回数や態様 あまりに軽微な、日常的なコミュニケーションの範囲内(うっかり肩が当たった、一度だけ意見が対立した等)であれば、指導の対象にはなっても「いじめによる処分」には至りません。

相手との関係性 お互いに冗談を言い合う対等な関係であったか。ただし、これは加害者の言い訳に使われやすいため、慎重に判断されます。

4. 「嫌がらせとして訴える」ことへの対策

もし、あなたが懸念するように、全く身に覚えがないのに「いじめだ」と虚偽の訴えをされた場合、それは「虚偽告訴」や「名誉毀損」として、逆に訴えられた側が身を守る権利を持っています。

証拠の精査 学校や警察が介入すれば、周囲の生徒への聞き取り調査が行われます。「嘘をついている」ことが明らかになれば、訴えた側の信用が失われ、逆に指導を受けることになります。

濫用の防止 「何でもいじめにできる」という状態は、教育現場を混乱させるため、教師や専門家も慎重に「事実確認」を行います。

まとめ:教養や考えが足りないわけではありません

あなたの疑問は、法治国家における「公平性」を重んじる非常にまっとうな感覚です。「主観」が法的な根拠になることへの危うさを感じられるのは、むしろ論理的な思考ができている証拠です。

現在の法律は、「加害者を罰する公平性」よりも「被害者の命を救う緊急性」に大きく舵を切った形になっています。そのため、運用面ではご指摘のような「不公平感」や「濫用のリスク」をどう防ぐかが、今の学校や社会の大きな課題となっています。

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