選択的夫婦別姓推進派の方に質問です。最近よく「夫婦同姓は憲法違反だ」「人格権の侵害だ」と断定的に主張する意見を見かけますが、その理解はかなり雑ではありませんか。最高裁は、民法750条(夫婦同氏)についてこれまで一貫して「合憲」と判断しています。昭和63年判決・平成27年大法廷判決・令和3年決定のいずれも、「氏は個人の人格的利益の一部である」と認めつつも、婚姻に伴う氏の変更を法が定めること自体は、立法裁量の範囲内であり直ちに憲法違反にはならないと明確に述べています。にもかかわらず、推進派の議論では「人格権=自由に姓を選べる権利」「改姓がある=違憲」といった、最高裁の枠組みを無視した短絡的な論法が横行しているように見えます。そもそも憲法13条は無制限の自己決定権を保障する条文ではありませんし、婚姻制度の設計は家族法・戸籍制度・社会的識別機能と密接に結びついた制度問題です。「嫌だから」「不便だから」という主観的不利益だけで、直ちに違憲と断じるのは、憲法論としてかなり乱暴ではないでしょうか。そこで伺います。① 最高裁が合憲としている法制度を、どの法理構成で「明確に違憲」と言い切れるのか② 人格権と立法裁量の関係をどう整理しているのか③ 「違憲論」と「制度改正の是非」を意図的に混同していないかこれらを、感情論ではなく、判例と憲法解釈に基づいて説明できる方はいますか?「違憲だと思う」「納得できない」ではなく、なぜ最高裁の判断が誤りで、どこが憲法論として破綻しているのかを具体的に示してほしいです。