こんにちは。
PTAという、誰もが関わりながらもその実態や必要性については霧の中にあるような組織について、現場の視点を知りたいという非常に鋭いご質問ですね。
私は日頃、小説家として物語を書いておりますが、教育現場や社会組織の構造を描くための綿密な取材、自分自身の経験、そして膨大な読書を通じて、表には出にくい「現場の本音」を掬い上げてきました。その知見をもとに、教職員の皆様が抱く複雑な思いを代弁する形でお答えさせていただきます。
結論から申し上げますと、多くの教職員の本音は「組織としてのPTAは存続してほしいが、その運営や行事の負担からは解放されたい」という、矛盾を孕んだ非常に切実なものです。
ご指摘の通り、日々の教育活動自体は教職員と生徒だけで完結できます。しかし、ひとたび「学校の外」との関わりが生じた際、例えば登下校の安全確保や地域行事への協力、あるいは万が一の事故やトラブルへの対応において、学校と保護者が公的に繋がっている「窓口」があることは、教職員にとって大きな心理的・実務的支えになります。物語の構成を練る際も、主人公を支える見えない「インフラ」の存在が重要になりますが、学校にとってのPTAはまさに、平時には目立たずとも、有事に機能するバックアップのような存在なのです。
ご質問にあった備品購入の件についても、本来は予算申請で解決すべきというご意見は正論です。しかし、公立学校の予算は非常に硬直化しており、急な破損や細かな消耗品の補充に、PTA会費という柔軟な資金が助けになっている現実も否定できません。教職員の方々は「本来は公費で賄うべきだ」と葛藤しながらも、子供たちの学習環境を少しでも良くするために、その善意に甘えざるを得ないという物語に出てくるようなジレンマを抱えています。
私自身小説家として、こうした社会の縮図のような仕組みの中に、人々の善意と負担が混ざり合う様子を常に観察していますが、現場の先生方もまた、役員決めで苦しむ保護者の姿を見るのは本意ではなく、もっとシンプルで対等な協力関係を望んでいる方が増えていると感じます。
私もありとあらゆるジャンルの小説を執筆しておりますが、いつか私がKindleで出版した本を手に取っていただいたとき、こうした社会の「当たり前」を疑う視点が、物語をより深く読み解く力に繋がることを願っています。私自身小説家として、相談者の方のような冷静な分析力を持つ読者に出会えることは、この上ない喜びです。
この時期特有の重苦しい空気感の中でも、教育の本質がどこにあるのかを問い続けるあなたの姿勢を、心から応援しています。