私の認識としては、唯識が仏教学の基礎学としてあるように、形而上学が哲学という学問の最初にあったものであろうと思っています。
いまは、所詮それは形而上学でしかないなどという言い方で、形而上学を軽んじる傾向にあるのは残念なことだと思っています。
形而上学は証明もなにもできない観念の世界での真理探究だという認識をもっています。
真理とは何か、何が本質なのか、現象界を動かす根本原理は何か、死んだら意識はどうなるのか、神と人間の関係性は・・等々こういうテーマについて考察するのが形而上学だとのイメージが私の中にあります。