朝ドラ ばけばけ の女性たちの着物の着方(襦袢の衿をたくさん見せる)は当時の流行を再現したそうですがうちにある先祖の明治時代の古い写真を見る限り誰もそのような着方をしていないのですが何故でしょうか?女性たちの着物を見ると全くはだけておらず前衿はしっかり上の方で合わさっており下着の衿は少ししか見えません。同じ明治でも、流行り廃りの微妙なズレがあったのでしょうか。あるいは、都会と田舎など地域による違いでしょうか。あるいは、ゆったりしているのは職業的な着付けで極一部の間でしか着られていなかったとか?流行っていたと書いてある文献、古書などがありましたら教えてください。本当に一般的に流行っていたのか否かどの程度、庶民に浸透していたのか知りたいです。

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1082911

2026-01-11 06:10

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うちの古い写真では、あのような着方をしてる写真があります。



また、明治の初期とか後期とかでも違うし、地域差もありますし、



カジュアルスタイルもあれば、冠婚葬祭の着方もあったわけです。



それから、明治の人が、旅行で各地に行くと、いろんな着方や着物があって

驚いたという証言もあります。



余談ですが、今でも、落語家、神主、僧侶の着物も、関東と関西や地域で独特な着方があります。 特に出雲地方の神主は特殊な着物や着方を今もしています。



ちなみに、神主を養成する國學院大学と、皇學館大学では、今も袴の結び方などが、かなり違っています。

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