<正論>核抑止議論を封殺してはならぬ
麗澤大学特別教授、元空将・織田邦男
2025/12/23 8:00
https://www.sankei.com/article/20251223-PTVU5VWA3FL2HCNBH7NNFMFPY4/
報道によると
「官邸筋」
がオフレコの場で米国の核抑止の信頼性に言及し、日本の
「核兵器保有」
について私見を語ったという。
その官邸筋は同時に核拡散防止条約(NPT)との兼ね合いで日本の核兵器保有は難しいとし、政権内で核保有の議論をしているわけではないとも述べたという。
■愚かなオフレコ破り
オフレコの発言を記事にするのは記者の背信行為であり、メディアの自殺でもある。
「核兵器保有」
だけが切り取られて炎上し、一部のメディアや政治家によって罷免が要求されている。
政権幹部は公式には政府方針に違背する見解を述べてはならない。
だが議論を深めるため、政府方針に拘束されず自由闊達に議論することも必要である。
こういう場合、非公開とするか、記者が入る場合はオフレコとする。
第一次世界大戦後、英国では戦争の反省から外交・安全保障を密室の謀議ではなく、知的かつオープンに議論する必要性が指摘された。
だが政権幹部は立場上、公式見解と異なる発言ができない。
本音を言えば政治責任を問われる。
そこで発言者を明らかにしないことで率直な議論を可能にする工夫が編み出された。
英王立国際問題研究所で始まったチャタム・ハウス・ルール(Chatham House Rule)である。
会合で得られた情報は自由に利用してよいが、
「誰が発言したか」
「どの組織の人か」
は明かしてはならない。
安全保障論議を成熟させるには欠かせない民主主義国家のルールであり、国際的にも定着している。
今回の場合も若手記者を交え、非公式の場で自由闊達に議論し、その成果を社会に還元するための知的研鑽の場であったはずである。
愚かなオフレコ破りによって生産的で自由闊達な議論の場を失っただけでなく、安全保障論議を成熟させる機会を失した。
何より若手記者は知的研鑽の場を失うことになる。
その損失は大きい。
「核抑止」
議論の必要性については、本欄
「核抑止軽視では国民を守れない」(昨年8月26日)
で述べたので省略するが、今日ほど核抑止に関する国民的議論が必要な時はない。
■「核抑止」議論必要な時
日本は3つの核兵器を保有した独裁国家に囲まれるという世界でも特殊な安全保障環境にある。
ウクライナ戦争ではロシアが核による威嚇、恫喝を行っている。
中国は現在600発といわれる核弾頭数を2030年には1000発に大拡充する計画が進んでいる。
北朝鮮は2023年、憲法に核戦力強化を明示し、核・ミサイルの増強を図っている。
昨年にはワシントンに届く「火星19」の発射実験に成功し、今年1月には新型極超音速の中距離弾道ミサイルの発射実験に成功した。このミサイルは日本全土をカバーするが、日本にはこれを迎撃する能力はない。
12月4日に公表された米国の
「国家安全保障戦略2025」
は自国利益を最優先する
「米国第一主義」
を前面に打ち出した。
自由主義社会の盟主たる面影は失せ、トランプ大統領の口癖である
「同盟国が米国の安全保障にただ乗りしてきた」
との批判が色濃く反映されている。
加えて過去20年以上、米国の安保戦略文書が一貫して主張してきた
「朝鮮半島非核化」
がすっぽり抜け落ちている。
第1期トランプ政権では
「完全で検証可能かつ不可逆的廃棄」
を主張し、朝鮮半島非核化に熱心だった。
その時でも米国に届かない中距離弾道ミサイルについては
「シンゾウ(安倍晋三首相=当時)の問題だ」(2019年)
と切り捨てていた。
今回、北朝鮮への言及がなくなったことで、綻びを見せていた
「核の傘」
の信頼性は更に低下した。
もはや
「非核三原則」
を念仏のように唱えていても核から国民を守ることができない時代が到来している。
■思考停止は許されない
昨年、核廃絶を訴えてきた日本原水爆被害者団体協議会(被団協)がノーベル平和賞を受賞した。
喜ばしいことだが、核が廃絶されるまでの間、どうやって国民を守るかの処方箋を政府は示さねばならない。
「核廃絶」
を叫ぶだけでは国民は守れない。
日本は唯一の被爆国であり国民には未だ強い核アレルギーがある。
だからといって核の脅威に対しダチョウが穴に首を突っ込むようにして思考停止することは許されない。
全ての選択肢を挙げタブーなき国民的議論が必要である。
メディアも自由闊達な議論を封殺するのではなく、国民的議論を促す立場に立つべきだろう。
固定観念に縛られて異論を排除するのは、メディアの自殺である。
今回のやり方はある意味、思想信条の自由の弾圧である。
とても民主主義国家のメディアとは思えない。
大日本帝国憲法は天皇が国民に与えた欽定憲法であったが故に、政治家、官僚から
「改正」
という言葉を奪った。
今はメディアが
「核抑止」
という言葉を奪っている。
かつて反軍演説で議会を除名された斎藤隆夫が言った
「言論を失えば、国は滅びる」
を思い起こさねばならない。
<正論>戦後80年、核の議論から逃げるな
元陸上幕僚長・岩田清文
2025/8/25 8:00
https://www.sankei.com/article/20250825-LGQ25JTWL5LMTGLVK3WLFUVS7M/
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2025/12/22 5:00
https://www.sankei.com/article/20251222-HDU7O3SPFBKSRKQEH2UFHDPAIM/
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2025/12/19 19:21
https://www.sankei.com/article/20251219-L4AAGJCPDFOI5DTBFSAREFWGGE/
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2025/11/26 17:46
https://www.sankei.com/article/20251126-M3UBW7OQIJA7VEUUDBRGRRJX54/