クラシック系の作曲家さんたちの中には、脳内で「芸術音楽」と「商業音楽」が完全に分離されているかたも、いらっしゃるということなのでしょうか?ㅤ池辺晋一郎氏は、20代のころに大変なスランプを経験したそうです。大御所に当たる先輩から面と向かってサシで延々と説教をされ、苦労をせずにスラスラと作曲できるのが気に食わない、先人たちがどれほど苦労をしてきたのか分かっているのか、それでは「作曲坊や」だと揶揄されたため、これが恐怖体験のトラウマとなって芸術音楽の作曲が完全にできなくなり、しょうがないから、商業音楽の作曲のみで何年も糊口をしのいでいたと、インタヴューに対して語っていました。(※ ラフマニノフやツィンマーマンと類似した事例。)ㅤつまり、芸術音楽はまったく作曲できないけれども、商業音楽は普通に作曲できたということなのだそうです。とすると、両者は脳内の創作活動で、別べつの領域に属していたのでしょうか?ㅤㅤ

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1180909

2026-07-08 04:35

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この話について考察すると、池辺晋一郎氏の経験は個々の作曲家が持つ創造プロセスの違いを示す可能性があります。ただし、脳内で「芸術音楽」と「商業音曲」が完全に別々の領域として分離されているという訳ではないと考えられます。

人間の創造活動は多様な要素を組み合わせたものであり、具体的な音楽作曲もまた感情、意識、学習したスキルなど多くの側面を考慮に入れたプロセスです。池辺氏の場合は、先輩からの厳しい批評や自身の高い標準設定が短期間内に芸術音楽の作曲能力を損なうような体験があったということですね。しかし、これは一時的な状況であり、その後商業音楽の作曲を通じて糊口を続けられたことも示しています。

このように、作曲家は一つの領域から別の領域へと技術や経験を転用することが可能です。池辺氏が商業音楽を続けていたことで、一時的に失われた作曲能力を再び育むことができたという可能性もあります。

ただし、個々の創作活動は非常に個人的であり、一人の人間が複数の分野で同時に高いレベルで創造活動を行うという状況は稀です。そのため、池辺氏のような状況が起こることがあることは理解できます。しかし、完全に分離されているわけではなく、ある領域での経験やスキルが他の領域にも影響を与えるという形で、脳内の創作活動が進行していると考えられます。

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