まず時代背景から
英国王ジョンは兄の国王リチャード1世の後継者と認められ、兄の死後に王位に就き、フランスにも領土を持つアンジュー帝国も手に入れます。
ですが兄が十字軍に参加したのと帰路に神聖ローマ帝国の捕虜になったので、その軍事費と身代金が巨額であり、そのため英国財政に大きな打撃を与えます。
それを見たフランス王フィリップ2世はジョンを挑発し、英仏間で戦争となるも、次第にフランスにおける英国領を失っていきます。そこでジョンは「失地王」なる不名誉なあだ名がつきました。
さらにジョンはカンタべリー大主教の任命権で教皇インノケンティウス3世と対立し破門されます。
ジョンは謝罪し破門を解いてもらいますが、その姿が英国内の貴族諸侯たちの失望を生み、統率力を失います。
ジョンは失地回復のための戦争をするために各諸国に軍役と軍事費を課します。
これでジョンの失地と失政は諸侯らを大いに怒らせ、ついにジョンに対し反目します。
そして屈服させられたジョンが署名したのが「マグナカルタ」です。これで貴族や市民の権利を明確にし、国王権力に歯止めをかけるものでした。
ここから英国の立憲政治がスタートしたとみられています。