興味深い視点のご質問ですね。いくつかの要因が考えられます。・当時の日本では「グランプリ」というフランス語表現が、国際的な賞の代名詞として既に定着しつつあった可能性があります。自動車レースのF1など、フランス語の「Grand Prix」は戦前から国際的に使用されていました。・ヴェネツィア映画祭の最高賞は「金獅子賞(Leone d'Oro)」ですが、当時の日本の報道では「グランプリ」という通称で紹介されることが多かったと考えられます。これは翻訳の慣習として、フランス語の「Grand Prix」が「大賞」を意味する国際的な共通語として機能していたためでしょう。・1950年代の日本では、フランス文化の影響が強く、外来語としてフランス語由来の言葉が好まれる傾向がありました。・「グランプリ」の方が「グラン・プレミオ」より日本語として発音しやすく、語感が良かったという実用的な理由も考えられます。つまり、イタリアの映画祭であっても、国際的な文脈では「グランプリ」という表現が優勢だったということでしょう。