以下は、靖国神社にかかわる\u0026lt;'70年代以降\u0026gt;の諸問題と諸騒動の諸相。
下記全般に、政教分離問題と、オールドメディアの難癖、親中反日キャンペーンがかぶさります。
靖国神社国家護持法案問題
政教分離問題
天皇御親拝中止問題
A級戦犯合祀問題
首相の公式参拝問題
中国・韓半島からの歴史絡みの内政干渉的抗議の発生
≪天皇御親拝中止問題≫
昭和天皇は昭和50年11月21日、靖国神社を御親拝され、これを最後に、以後、靖国神社御親拝をお止めになられました。
理由は、その時の国会で、
野党の秦豊議員(社会党)が、
「~あすに迫った天皇の靖国神社参拝は(中略)ぜひとも取りやめてもらいたい、再考慮をしてもらいたいという見地からぼくらは述べているわけです。~」と質疑し、
これに対し、内閣法制局長官の吉国一郎が答弁で、
「天皇陛下のご参拝は憲法違反とは言えないが、大きな問題になる(趣旨)」と発言したため、靖国が政治問題となってマスコミ的に、野党的に、大騒ぎになっていきました。
つまり、靖国が政治問題と化して国家の大問題になる、しかし天皇は政治に巻き込まれたり、利用されたり、してはならない、このことに配慮しての、以後、昭和天皇の靖国参拝中止だったのです。
よくA級戦犯合祀と言われますが、A級戦犯合祀は、これより3年後の昭和53年10月ですので、つまり、「この国会質疑」の段階では、必ずしも、A級戦犯がどうのこうのではなかったのです。
それに、例えば、1963年(昭和38年)以降、8月15日に開かれている政府主催の全国戦没者追悼式の戦没者の対象にA級戦犯も含まれていますが、問題視もなく、昭和天皇は、例えば、昭和63年の全国戦没者追悼式にご臨席されていたりします。
しかも、A級戦犯靖国合祀以後も、昭和天皇は、春秋例大祭に、靖国神社に勅使を派遣するなど、そのまま現在に至っていることや、皇族が参拝されていた事実があったりします。