知らないことはそれ自体はなんの問題もありません。だから正当化する必要もない単なる事実です。誰だって知っていること以外は知らないものです。
関心についてもまったく同じことが言えます。当方は◯◯◯48系については何も知らないし関心もありませんが、それを正当化する気もありません。なじられたことはないし、仮にあっても勘弁してくれと笑って終わりです。
ただし、何がしかの知っているべき理由があるのに知らない、または知ろうとしないのは怠慢の誹りを免れないでしょう。
例えば忘年会の幹事を任されたのに、会場や予算、会費などについて何も知らないは通用しません。正当化はできません。
人間は社会的な存在ですから、何らかの集団の中で必要に応じて役割を果たして生きていて、その役割に応じて責任や権限はあります。その集団とは家庭から国家まであらゆる規模があって、その中にいて負った責任に応じて知っておくべきことはあります。
それ以外のことは本人の関心次第で、関心がないことは知らなくても何の問題もないし、正当化する必要もないことです。興味がないから知らないというのは正当化ではありません。単なる事実です。
再来年の2027年はベートーヴェンの没後200年になりますが知ってましたか?知らなくても構わないし正当化する必要もありません。そういうことです。無知だの無関心だのとは誰も言いませんから。