社会はそれぞれがそれぞれに役割を担って生きているのだと思います。それを自覚しているかしていないかの違いこそあれ。このことに初めて気がついたのは中学生の時でした。クラスの中で一人一人が役割を担っていると感じたのです。高校時代クラスメイトの一人もそういう話を私にして同感でした。問題はその自分の役割に気づけないということ、それはなぜかと言うに、自分を知らないということ、自分と社会の関係性に無自覚だということ。アイデンティティークライシスという言葉が一時言われました。今もその情況は変わっていないのではないかと思うのですが、みなさんはどう思いますか。自分が何のために生きているのか分らないとか、人間はどうせいつかは死ぬのに、なんで生きているのか分らないということが何回も知恵袋で質問されています。これこそアイデンティティークライシスだということができると思います。あなたは社会というコミュニティの中で自分の役割ということにしっかりとした自覚がおありでしょうか。

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1027511

2026-05-05 05:55

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〇〇として、の部分によっては人の役割はいくつもあるのかと思います。
社会のため、という考え方は、自分の都合の良い方向に為政者や利益を得たい人たちが誘導していく全体主義にとってとても都合の良い考え方で、戦前の日本は役割を与えられ、戦争への道に進み国を滅ぼすところまで行き着きました。
人の考えをそのまま信じる行為だけはやってはいけないわけです。与えられるのではなく、それぞれが考え担うわけですね。ご指摘のとおりだと思います。
その際も、人に押し付けたり同調圧力をかけたり、共感を求めたりはとても危険な行為と言えます。

公共の福祉に反しない限り、各自が各自の信条で幸せを求めていくことは大切な行為で、社会の役割がこれを抑圧してはならないんです。
この点の心のなかでの落としどころがとても難しいご質問だと感じました。

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