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非常識というより、若者の行動様式として正常でしょう。
例えば、かつて東ドイツという国がありました。東ドイツ政府は自国の若者に豊かで自由な西ドイツの姿を見せまいと、あらゆる手段でその目を塞ごうとしました。
しかし現代もそうですが、当時でさえ完全な情報遮断は困難です。まして東ドイツの人民は西ドイツに親戚がいる家庭も多くありましたし、何より西ベルリンという存在がありました。見せまいとして隠せるものではありません。
なので実際には、東西冷戦の最前線という立場の国に生まれながら、東ドイツの若者たちは西側のロック音楽やテレビ番組を楽しんでいました。東ドイツ政府や生粋の共産主義者からすれば「今どきの若者はけしからん!」という感覚だったでしょう。
しかし東ドイツの若者からすれば、東ドイツ政府やその支持者が西側の姿を見せまいとする姿勢の方こそ「けしからん」行為に映っていたはずです。若者の中には「どうして西ドイツの若者に許される自由が我々には許されないのか?」という不満のマグマが溜まっていくことになりました。
その発露の究極がベルリンの壁の崩壊であり、東ドイツの崩壊でした。
何が言いたいのかというと、自由ではない国の人民の目を自由世界の国民に向けさせることは極めてリスクが高い、ということです。
よく中国や北朝鮮は国内問題から人民の目を逸らすために外に敵を作る必要があるんだ、という言説を目にします。
しかし私に言わせれば、人民の目を外に向ける方が体制護持という観点からするとリスクが高い行為です。「日本人は政府批判しても逮捕されない」「韓国人は綺麗な服を着ている」と中国や北朝鮮の人民に教えることになるからです。
なので日本や西側の国を声高に非難する最近の中国を見ていると、東ドイツやソ連の失敗から何も学んでいないのだな、と思わざるを得ません。あるいは、わかっていても他に手段がない程に追い詰められているかです。
閑話休題。
結論として、政府の態度とは別に日中韓(と台湾)の若者が互いに親近感を抱くこと自体は自然なことで、むしろ当然と感じます。
ただ1点、注意が必要な点があるとすれば、若者同士がいくら互いに親しみを覚えていたとしても、国同士が本当に決定的に対立してしまえば、その感情を表に出すことはできなくなる、ということです。
例えば、今のウクライナで「ロシアが好きだ」なんて言えば周囲から袋叩きにされるでしょう。戦争の悲しさと言えます。
日中韓台の若者がそんな思いをしなくて済めば良いと、心から願っています。