元教師です
「父さんと育てたきゅうり夏の味」
こちらはきゅうりの説明に終始しており
どんな状況できゅうりを食べているのか
誰と食べているかもはっきりしていません
つまり映像に具体性がないのです
一緒に育てた思い出という映像があるのかもしれませんが、あくまで個人的な過去の記憶であり、客観的には臨場感に欠けます
もちろん小学校1年生でこの俳句をよめるのは素晴らしいのですが
大人が俳句に「夏の味」って入れたら、「あぁ、文字数調整したな」って思います
一方
「運動会とうさんみえたよ○○○○○」
こちらは結句が不明なこの時点で、運動場から、多くの保護者で賑わう応援席の中に、父親を見つけた
というかなり具体的な情景を描いています
詠み手の姿や心情もある程度想像できます
きっと応援してくれているお父さんを見つけて、嬉しかったのかもしれません
・・・勝手に「結句不明」と思っているのですが、もしかして644のこれで完成形なのでしょうか?
だとすると投稿者も最特賞にした選者も大胆だなって思いますが
これで十分情景は伝わりますし、リズムの破綻もありません
ここに5音足すのも、蛇足な気もしますしね
いちおう季重なりという問題もあります
「きゅうり」は夏の季語
「夏の味」もまぁ夏の季語でしょう
まぁ小学校1年生の俳句に季重なりの指摘とかは不粋なので、どうでもいい