もちろん神学上の対立が名目としては必須のこと。現実的に切実な対立は「教会の首位権」をめぐる争い。相互破門から結局は東西大分裂にまで至るが、その時点までキリスト教会とはひとつだった。すなわち4世紀のニカイア公会議で決まった正統な教会である。教義的にひとつだが地域の主たる教会があり、そのどれが全体を主導する権威になるか、これは話し合いなどで決めようがない。
決めようがないがどうしても欲しいから争いになる。争いは権威=カネの獲得なのだが、見ている信者達は正義がどちらにあるかを見るのだから、教義の対立として恰好を付けなければ納得させられない。
そこで神学上の対立軸をどこに置いたかというと、基本教義であるニカイア・コンスタンティノープル信条の条文だ。4世紀に成立した条文だが、これをローマ・カトリック教会(西側)は9世紀になって、聖霊の条文を書き換えたのだ。「聖霊は父と子から出た」と・・・もとの文は「父から出た」だった。
首位権の争いだから、教義の問題はそれなりに大きな問題であれば何でもいいが、ちょうど時期的に出てきた大問題だった。結果的に11世紀初頭の東西大分裂となったわけだ。