なぜ日本はアメリカとの戦争をやったんですか?やる前に勝ち目が全くないことは分かっていたんですよね?

1件の回答

回答を書く

1269651

2026-02-23 04:20

+ フォロー

結論から言えば「引くに引けなくなった、日本国内の権力闘争のために」ということです。



当時の日本は内閣総理大臣の権限があまり強くなく、閣僚の1人が辞任すれば即内閣総辞職となりました。特に226事件以降は軍部大臣現役武官制が復活したため、陸軍あるいは海軍が「大臣を出さない」と決定すれば組閣は不可能となります。



陸軍は、アメリカの要求をそのまま呑むということは、満州事変以降の軍事行動を無にすることを意味するので、そうなると「いままでの予算、人的損失などはどうするのだ?」ということで、与野党も世論も敵に回すことになります。当然、予算は大幅に削減され、軍備計画は完全に破たんしてしまう。



こうなると人間というのは、自分に都合よく考えて逃避するもので、対米戦争のシミュレーションの結果が「敗北」であったとしても、実際に対米戦争にはならんだろう、ドイツがヨーロッパを席捲すればアメリカも譲歩するだろう、実際に戦ったら精神力の強い日本が負けることはないだろう・・・なんて楽観するようになってしまいます。

それによって「対米強硬」となり、政府に対しても「アメリカにもっと強気で臨め」ということになるわけです。



海軍はアメリカと戦う気はほとんどありません。仮想敵国としてアメリカも含まれてはいましたが、シミュレーションは「防御」が中心で、日本から攻撃するという話ではありません。

しかし、「だから戦争には反対である」と言えば、「じゃ、予算はつけられない」ということで、海軍の予算は大幅に削減されてしまう。これは海軍の利益に反するので表立って反対は唱えられない。





東条英機内閣時代、大本営政府連絡会議はメンバーはこんな感じです。



対米交渉重視だが条件を下げたくない東条英機総理大臣・陸軍大臣



対中戦争で大幅に譲歩し、撤兵してでも対米戦争を回避したい東郷茂徳外務大臣、賀屋大蔵大臣



対米戦を回避したいものの、回避できないならば早期に開戦して有利に戦争を進めたい嶋田海軍大臣、永野軍令部総長



対中戦争での譲歩は一切したくなく、早く対米戦争を開始して有利に戦局を展開したい杉山参謀総長、塚田参謀次長



木戸幸一内大臣によると、東条首相は「軍人」「政治家」というよりも「官僚」タイプの人間で、命令を遂行することに忠実ではあるが、政治的な駆け引きや、クセのある人たちをまとめることができない性質だったので、『帝国国策遂行要領』は中途半端な見直しとなってしまいました。



対米交渉の条件案は、陸軍の要求が強い甲案と外務省の要望が強い乙案と2つ作成し、陸軍は乙案を認めようとはしませんでしたが、ここで「これを認めないと東郷は辞任する=東条内閣総辞職」をチラつかせたために、妥協して乙案での交渉も認めることになります。

現地の野村吉三郎駐米大使は「甲案は話にならない。乙案から交渉させてくれ」という電報を外務省に打電しています。(つまり、野村大使のレベルだと、乙案をスタートとしてどこまで妥協できるか、という考えだった、というわけです)



乙案でさえも、外務大臣が職を賭してなんとか通した代物です。

それを事実上の拒否・日本の全面譲歩を求める「ハルノート」が出されたため、東郷外務大臣も賀屋大蔵大臣も、軍に対する反対の口実を失ってしまい、そのまま戦争に突入した、というわけなんですね。

うったえる有益だ(0シェアするブックマークする

関連質問

Copyright © 2026 AQ188.com All Rights Reserved.

博識 著作権所有