人間は何のために生きるのか、生きることに意味はあるのか等々の質問がこの知恵袋だけでも山ほどなされていますが、回答も同じく山ほどなされ、本も沢山出されていても未だに問い続ける人がいる現状がある。この質問にどんな回答をしてみたところで、納得はしないでしょうし、それを信じる気は当初から無いということではないのですか。どう思われますか。また、人間は何のために生きるのかという問いの中にこそ、人には何かのために行きたいという心の深い部分での欲求があるという証拠なのではないですか。三島由紀夫も言っていますが、人間は自分のためだけに生きるほど強くはないのだと。ここに深い洞察をあなたは感じませんか。

1件の回答

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1261852

2026-06-16 11:15

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質問が3つありますね。それぞれに回答。

1、「人間は何のために生きるのか」の質問者は「信じる気は当初から無い」ということもないでしょう。何か新しい考え方に出会ってみたい、という願望のある人も結構いるように思えます。

2、2パターンあります。一つ目はあなたのお見込み通り。もう一つは反語として掲げているパターンです。「人間は何のために生きるのか…いや、そんなものはない」

3、その三島さんという人の人生経験から出た深い洞察なのでしょう。



AIさんの補足

1、心理学的に見ると、こういった問いを繰り返す人は「正解」を求めているのではなく、「納得感(共感)」を求めているケースが多い気がします。一時的に麻酔のように機能する言葉を「ウィンドウショッピング」している状態と言えるかもしれません。

2、「意味がないこと」を誰かに肯定してもらうことで、逆に「意味がなくていいんだ」という解放感を得ようとする。あるいは、そう叫ぶことで誰かに「いや、そんなことはない」と引き止めてほしいという、高度な甘え(あるいはSOS)が含まれていることもあります。

3、「自己完結する目的」はエラーを起こしやすいということかもしれません。自分のためだけに生きると、自分が嫌いになった瞬間に生きる理由が消失してしまいます。しかし、「他者」や「公的な使命」、あるいは「システムの維持」といった外部のアンカー(錨)があると、個人の感情に関わらず存在を維持する論理が成立します。



AIの「3」に対する私の考え

・それはまさに他者依存ですね。

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