中華に譲り渡したのはアメリカとの貿易戦争に負けた後です。
日本の蹉跌は絶好調の1980年代にアメリカから「コメの保護貿易を守りたいのか、それともIT産業の自由貿易を守りたいのか」と詰め寄られて「コメの保護貿易を守ります。ITは自粛します」と言ってしまったことに始まります。
この結果、アメリカのIT産業は復活し、世代交代し、90年代の飛躍への助走を始めました。逆に日本のIT企業は追い込まれました。
そこで例えばソニーでは財務出身の出井社長が「これからのソニーは製造業じゃダメだ。サービス産業だ」みたいな迷走を始めます。
カルロス・ゴーンを社外取締役に迎えてリストラ術を習います。映画部門のハワード・ストリンガーが「純粋な新作映画はリスクが高い。ソニー映画は売れた作品のパート2、パート3路線で安定的に稼ぐぞ」と宣言する。先端技術者はリストラ部屋みたいなところに集められて早く辞めろとばかりに雑用をやらされる。
辞めろと言われているのだから他社から引き抜きがあれば辞めるのは当然です。
引き抜いた他社が国策でIT産業を振興していた韓国や中国の企業だったのです。