自己肯定感とは。こんにちは!迷える学生に力を貸してください。早速ですが、自己肯定感という言葉を皆様はどう解釈していますか?私は今、「自己肯定感とは…?」と困っています。その疑問は私の心の状態に起因するものです。前提として、とある時から私は私のことが大好きです。自分をかけがえのない大切な人間だと思っているし、自分の良さや魅力を分かっているし、自分には価値があると思っているし、自分の能力にも自信を持っています。苦手な分野においても何とか努力したり行動したりする自分のことを気に入っています。素敵であろうとする自分を誇りに思っています。上記のように私は今、割かし自分に自信があります。自己愛も強い方だと思います。ですが、私は常々「私は人から好かれるほどの人間ではない」「私は人から凄い評価を受けるほどの人間ではない」と思うのです。例えば友達から「凄い」と言われたら、「あ、この人。私のこと凄いと思ってくれるんだなぁ。」と驚きます。それは嫌味などではなく、相手に「○○(私の名前)、凄いんだね!」と思う脳の回路がないと思っているだけなんです。「私の良さが分からないなんて!」と拗ねたり、いじけて孤高を生きたりする気もないです。2度目ですが、嫌味ではないです。純粋に驚きます。私は今まで、自分のことを自己肯定感が高いと思っていました。ですが人から高い評価を得ることを諦めている状態を自己肯定感が高いと呼んでいいのでしょうか??貴方の「自己肯定感」の解釈と共に教えてくださると嬉しいです!拙い文章ですみません、よろしくお願いします。

1件の回答

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1109993

2026-06-30 18:15

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なるほど、あなたの状況がよく分かりました。

私にとって「自己肯定感」とは、そのものずばり感覚の問題であり、気分の問題だと思っています。

生まれて成長していくどこかの時点で自己というものを意識するようになるのですが、おそらくはそれよりも早い頃から無条件に持つ感覚で「いま自分はここに居る(居るのが当たり前で◯◯だから居てもいいなどではない)」「明日も生きている(◯◯でないと生きてはいけない等の感覚とは無縁)」大袈裟に言えば「自分は存在していて良い」感覚だと思います。



要は感覚の問題なので、「自分は一人しかいないのだから大切だとか、こんなに良い点があるぞとか、自分にはこんな凄いところがあるぞ」等は関係ないと思うのです。逆に言えば、「自分は他人から非難され続けるし勉強や仕事は苦手で上手くできないけどこれが自分だもんね。」と根源的な部分での自己受容があるものに感じます。



こんな事を書くのは申し訳ないですが、あなたは何となくの気分として自己肯定感は高くはないために、感覚、気分ではなく意識、思考で自分を肯定できる事を探して自己肯定感を感じようとしているように見えなくもないです。

それはそれで成功していますし、良い事ではあると思います。



他者が自分を評価してくれる事など思いもよらないお話から、もしかすればご両親等がそのような姿勢であったのかな?と憶測したりしてしまいます。



勝手な事を書きましたが、基本的には自己肯定感は低くはなく、意識としても良好ですから、ここは自己存在そのものへの思索を通して、いかなる物も、生物も、ましてや人間は存在して構わないものだという信念のようなものを持てば自ずと自身の感覚も追いついて来ると考えます。

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