なるほど、あなたの状況がよく分かりました。
私にとって「自己肯定感」とは、そのものずばり感覚の問題であり、気分の問題だと思っています。
生まれて成長していくどこかの時点で自己というものを意識するようになるのですが、おそらくはそれよりも早い頃から無条件に持つ感覚で「いま自分はここに居る(居るのが当たり前で◯◯だから居てもいいなどではない)」「明日も生きている(◯◯でないと生きてはいけない等の感覚とは無縁)」大袈裟に言えば「自分は存在していて良い」感覚だと思います。
要は感覚の問題なので、「自分は一人しかいないのだから大切だとか、こんなに良い点があるぞとか、自分にはこんな凄いところがあるぞ」等は関係ないと思うのです。逆に言えば、「自分は他人から非難され続けるし勉強や仕事は苦手で上手くできないけどこれが自分だもんね。」と根源的な部分での自己受容があるものに感じます。
こんな事を書くのは申し訳ないですが、あなたは何となくの気分として自己肯定感は高くはないために、感覚、気分ではなく意識、思考で自分を肯定できる事を探して自己肯定感を感じようとしているように見えなくもないです。
それはそれで成功していますし、良い事ではあると思います。
他者が自分を評価してくれる事など思いもよらないお話から、もしかすればご両親等がそのような姿勢であったのかな?と憶測したりしてしまいます。
勝手な事を書きましたが、基本的には自己肯定感は低くはなく、意識としても良好ですから、ここは自己存在そのものへの思索を通して、いかなる物も、生物も、ましてや人間は存在して構わないものだという信念のようなものを持てば自ずと自身の感覚も追いついて来ると考えます。