日本史の徳政相論について質問です。過去問を解いていたら「徳政相論の内容に含まれている事例として誤っているものは?」という問題で選択肢が①坂上田村麻呂による蝦夷征討②多賀城造営による蝦夷支配③平安京への遷都④長岡京への遷都で答えが②だったんですが、④の 長岡京への遷都 も知らない内容だったので②と④で迷ってしまいました。平安京だけでなく長岡京の遷都も論争があったんでしょうか?

1件の回答

回答を書く

1096394

2026-06-25 04:00

+ フォロー

こんばんは



まず、この問題で選択肢②多賀城造営による蝦夷支配が誤りとなる理由は、多賀城の造営が724年で桓武天皇の時代よりもずっと前の出来事だからです。



徳政相論で議論されたのは、当時の民衆を苦しめていた軍事(蝦夷征討)と造作(都の造営)の中止についてです。

③・④ 平安京・長岡京への遷都(造営)は、まとめて「造作」と呼ばれます。

桓武天皇は長岡京の造営途中で平安京へ遷都しており、長年の相次ぐ遷都と巨大な都の建設が国家財政と民衆を疲弊させていたため、両方が議論の背景・対象に含まれます。

うったえる有益だ(0シェアするブックマークする

関連質問

Copyright © 2026 AQ188.com All Rights Reserved.

博識 著作権所有