櫻坂46の新国立競技場での5thアニバーサリーライブにて、森田ひかるさんがMC中に、1st表題曲「Nobody's fault」の制作時、「破壊」と「再生」の二択を迫られ、「再生」を選んでよかったと涙ながらに語っていたのが印象的でした。ただ、「もし“破壊”を選んでいた場合、グループや楽曲はどう変化していたのか」というイメージが、自分の中でうまく掴めていません。自分なりの解釈としては、曲と歌詞が完成した段階での二択だったことを踏まえると、欅坂時代の楽曲における主人公「僕」を完全に否定することが「破壊」にあたるのではないか、とも考えました。一方で、これは楽曲単体の話ではなく、グループ全体の方向性の話だったのではないかとも思っています。例えば、これまでのように楽曲の世界観を深く届けるスタンスを手放し、全く異なる、より明るくポップな路線へ舵を切るような選択だったのかもしれません。TAKAHIRO先生は「どちらを選んでも間違いではない」とおっしゃっていましたが、それだけに「破壊」を選んだ場合の具体的な姿が想像しきれず、皆さんの解釈もお聞きしたいです。

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1009969

2026-07-08 12:35

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私は森田ひかるがどちらを選んでいても、それがグループの方向性までを変えることはなかったと思います。



何故なら、櫻坂46は「乃木坂46のカウンター」という位置づけだからこそ、存在価値があるからです。



ではTAKAHIRO先生が森田ひかるに選ばせたのは何なのか?

それは、彼女たち自身がどんな気持ちで櫻坂46と向き合って行くのか?



この先どうなって行くのか不安を抱えていた彼女たちに自分たち自身で答えを見つけさせる。



チームマネジメントでいう「傾聴」に近いものだと思います。



これから提供される楽曲に「君たちはどう向き合っていくんだい?」というのを、右目と左目に置き換えて問うたのだと思います。



TAKAHIRO氏の真の意図は「教えられるままに踊る人形」から「自ら選んで表現するアーティスト」への脱皮を促すことだったのではないかと思います。



練習期間を除くと、

森田ひかるが初めてこの曲を踊ったのはMVの撮影日。

二度目が欅坂46ラストライブのday2の最後。

三度目が櫻坂46のデビューカウントダウンLIVE。



一度目と二度目は教えられたまま右目で見ていた。

三度目の前にTAKAHIRO先生から件の質問があった。

ここでTAKAHIRO先生はティーチングからコーチングへと切り替えたわけです。

「育成」という視点で見ると完璧なタイミングです。



そこで森田ひかるがあらためて考えた上で自ら左目を選び、誰よりも「櫻坂46という物語の当事者」という意識を持つことができたはずです。



最後になりましたが、



良いテーマ、考えるきっかけを与えて頂いて、ありがとうございます。

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