現代とは名付けに関するルールや考え方が違います
1幼名
当時は成人まで存命する率が低かったので幼名を付ける習慣がありました
これがそのまま「通称」として使われ続けた例もあります。
2諱
所謂「本名」で主に元服の際に名付ける。
偏諱といった風習もあり、かなりオフィシャルに近い名前。
その後、出世などに伴って改める例も多かったです。
ただし、親族間ならまだしも、公の場であれば役職で呼ぶのが当たり前でした。
例えば「伊達政宗」へ出されるオフィシャルな文書では「松平陸奥守殿」とされていました。
或いは領地を取って「仙台侯」「仙台殿」、やや親しくても「伊達殿」位までです。
当然家中では「お館様」等と呼ばれていました。(上司を課長や部長、社長といった役職名で呼ぶのと一緒)
姓(カバネ)などは形骸化しましたがオフィシャル用の名前でした