日本史の質問です井上財政(浜口雄幸内閣)で金輸出を解禁するため緊縮財政を行った理由がわかりません単純に田中義一内閣のモラトリアムで発生したインフレーションを抑えるためだったのですか?

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1245923

2026-01-19 21:45

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こんにちは



井上財政(浜口雄幸内閣)が金輸出解禁のために緊縮財政を行った理由は、単に直前の田中義一内閣によるインフレを抑えるためだけではなく、旧平価(円高レート)での金本位制復帰という極めて困難な目標を達成するための「準備」として不可欠だったからです。



1. 円の価値を無理やり引き上げるため(旧平価への調整)

当時の円の実力(為替相場)は100円=44〜46ドル程度でしたが、井上準之助は第一次世界大戦前の100円=49.85ドル(旧平価)という高いレートで金解禁を行うことに固執しました。



なぜ、旧平価に固執したかというと、当時の日本経済は、第一次世界大戦後の反動恐慌や関東大震災を経て、経営体質の弱い企業や銀行が温存されている状態でした。

これに対しt、実勢レート(100円=46ドル前後)よりも高い旧平価で解禁すれば、急激な円高によって輸出が困難になり、国内物価の下落が引き起こされます。

この厳しい状況にあえて追い込むことで、非効率な企業を淘汰し、生き残った企業に徹底したコスト削減と経営改革を強いる「ショック療法」を目指しましたためです。

これにより、国際競争力を高めて輸出を増やし、長期的には経済を立て直せると井上準之助は、信じていました



しかし、市場の実勢よりも「円高」の状態で解禁すると、日本から金が大量に流出してしまいます。

これを防ぐには、国内の物価を強制的に引き下げて、相対的に円の価値を49.85ドルまで高める必要がありました。

その手段が緊縮財政による景気抑制でした。



当時、主要国はすでに金本位制に復帰しており、日本だけが取り残されている状態でした。

金本位制への復帰は、為替相場を安定させ、海外からの資本調達を容易にするための国際社会への復帰手段と見なされていました。

放漫財政を続けていた田中内閣のイメージを払拭し、日本が規律ある経済国であることを内外に示すために、徹底した緊縮姿勢が必要だったのです。

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