「旧約聖書」というのは、キリスト教が生まれるより前からユダヤ教の人々が大切にしてきた文書群で、天地創造の物語からイスラエル民族の歴史、預言者たちの言葉、詩や知恵文学まで、多様なジャンルが一つの大きな伝統としてまとめられています。キリスト教はこの旧約を自分たちの聖典として受け継ぎ、そこに「神の救いの歴史の前半部分」を見ています。
それに対して「新約聖書」は、イエスの生涯とその後のキリスト教共同体の歩みを記録した文書群で、旧約とはまったく別の時代・別の文脈で書かれました。新約は一冊の本ではなく、複数の著者による27の文書の集合体であり、その中に「福音書」「使徒言行録」「書簡」「黙示録」といった異なる種類の文書が含まれています。
この中で「福音書」と呼ばれるのは、イエスの生涯・教え・死・復活を中心に語る文書のことで、物語形式でイエスを紹介する“ジャンル名”です。つまり、福音書は新約聖書の一部であって、新約=福音書ではありません。現在の新約に収められているのは4つの福音書ですが、初期キリスト教の世界にはもっと多くの「イエスについて語る書」が存在していました。『トマス福音書』や『マリア福音書』のように、正典には入らなかったものも、同じ“福音書”というジャンルに属します。教会が後に「正典」として選んだのはそのうちの4つにすぎず、福音書という言葉自体はもっと広い範囲を指していたのです。
「キリスト教」と「耶蘇教」は、指している宗教そのものは同じですが、日本語としての呼び方の成り立ちと使われた時代が異なります。「キリスト」という語は、16世紀に宣教師が日本で Cristo(クリスト)と呼んでいた音を、日本語として聞き取り、言いやすい形にしたものです。当時の日本語では外国語の音をそのまま再現できなかったため、日本語化された形が「キリスト」として定着しました。
一方で「やそ」は、宣教師が Jesu(イエズスに近い音)と呼んでいた名を、日本語の音体系に合わせた結果生まれた形です。
このように、「キリスト教」は Cristo に由来する称号側の日本語形が近代以降の一般名称として定着した呼び方であり、「耶蘇教」は Jesu に由来するイエスの名の日本語形「やそ」を用いた、主に江戸幕府の禁教期に使われた歴史的呼称です。宗教そのものは同じですが、日本語としての呼び方の成り立ちと、使われた時代背景が異なります。