一橋治済は徳川家康影武者説みたいな「この時期からなんか変わった」「弱い」みたいな何かあるんでしょうか?ドラマでの史実無視はそこそこ容認派ではあるもののべらぼうで重要な場面にあの展開というのはどうなんだろう?と気になりましたが違和感程度でもあるというなら「そこそこ容認派」なので気になりました。

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1239752

2026-04-13 13:35

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松平定信が失脚しましたので、目立った動きらしきものはなくなります。

ただあの展開は、この時期の治済に不審な点があるから…というよりは、徳島藩・蜂須賀家とのかかわりに着目したんだと思います。

・松平定信が将軍家斉の教育係に推挙した柴野栗山が、徳島藩・蜂須賀家お抱えの学者。

・この時期現れた写楽の正体が、徳島藩・蜂須賀家お抱えの能役者斎藤十郎兵衛といわれている。

・家斉が、息子の一人を外様大名である徳島藩・蜂須賀家へ養子に出している。

作中で黒幕として描いてきた治済に、なにか報いを受けさせたい、スカッと展開にしたいと考えた時、徳島藩・蜂須賀家との妙なかかわりが「使える」となったんだと思いますよ。

蜂須賀家が入れ替わりに協力したなら、外様でありながら将軍の子を養子にもらえた説明がつくわけです。

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