おっちゃんやけどな、あんさんの言うてること、だいたい分かるで。50も過ぎて生きてきたら、「友達って何やねん…」て一回は思うもんや。若い頃はな、友達や仲間言うたら無条件で信用できる思てたし、裏切るとか考えもせえへんかったわ。
せやけどな、年いくにつれて分かってくるんは、人は環境でええ顔も悪い顔も使い分ける生き物や、いうことや。集団おる時は正義感あるフリ、優しさあるフリ、仲間思いのフリ、そら誰でもする。見られてるからな。評価されるし、叩かれたら困るしな。
ほんで、あんさんの言う通り、集団なくなって誰も見てへん状況になった時に出るもんが、その人のほんまの姿やと思うわ。得にならんことはせえへん、都合悪なったら知らん顔、悪くても謝らん。そういう人、実際ぎょうさんおる。おっちゃんも散々見てきたで。
家系や育ちの話もな、全部が全部とは言わんけど、正直ある程度は影響あるわ。誰も見てへんとこでも恥を知ってる人、損しても筋通す人、昔の縁を大事にする人、そういう人はほんまに一握りや。せやからこそ、余計に目立つんやろな。
男女関係も一緒やな。惚れさす時だけええ人演じて、用済みなったら冷たなる。これも人間の弱さやし、浅さやと思う。若い時はそれに気づかんでええけど、大人なってから気づくと、がっかりする気持ち、よう分かるで。
せやけどな、おっちゃんはこうも思うねん。人でなしが多いんやなくて、人間ちゅうもんが元々そないな生き物なんや、と。期待しすぎたらしんどなる。ほんまに信用できる人は、人生で二人三人おったら上等や。
あんさんがそこまで見抜けるようになったんは、ちゃんと人を見て生きてきた証拠やと思うで。腹立つし虚しくなるけどな、分かってる人間は分かってる。その少数を大事にして、自分は自分の筋守って生きたらええ。おっちゃんはそう思うわ。