関ヶ原の戦いは前半戦殆ど福島正則と宇喜多秀家の小競合いでしたが。旗本八万騎なんて全然活躍してないじゃないですか?

1件の回答

回答を書く

1069272

2026-01-13 06:50

+ フォロー

「徳川勢が全く活躍していない」のは事実ですが、関ヶ原合戦の旧説は、旧参謀本部が家譜など江戸時代の低質の史料を合成して創った「デタラメ」であるということが、歴史学の分野では定説になってきているので、「関ヶ原の戦いは前半戦殆ど福島正則と宇喜多秀家の小競合いでした」という展開はなかった可能性があります。



史実の関ヶ原合戦は、正午ごろに東軍・小早川秀秋の部隊と、西軍の大谷吉継と北陸衆の間で山中で始まって、直後に北陸衆から寝返りがあって、短時間で西軍は崩壊して大潰走をしたと考えられています。東西伯仲といったシーンはなく、一方的で、西軍の戦闘に参加した部隊も3万に満たなかったようです。東軍は圧倒的多数でしたが、ほとんどが戦闘に加わる前に西軍は崩壊していて、だから後方にいた徳川勢が活躍する場面もなく、辛うじて突進してきた島津惟新の退き口の話に、井伊隊などがでてくるというわけです。

うったえる有益だ(0シェアするブックマークする

関連質問

Copyright © 2026 AQ188.com All Rights Reserved.

博識 著作権所有