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孫文については、現代の価値観から見れば、かなり奔放な女性関係を持っていたと言えます。
中国や台湾では、建国の父(国父)として神格化されることが多いですが、私生活では複数の女性と同時並行で関係を持ったり、非常に若い女性(現代で言う未成年)と結婚・同居したりするなど、革命家としての顔とは異なる一面がありました。
主な女性関係は以下の通りです:
1.盧慕貞(ろ・ぼてい)
故郷での正妻です。
孫文との間に1男2女をもうけましたが、孫文が宋慶齢と結婚するために離婚しました。
2.陳粋芬(ちん・すいふん)
側室のような存在で、長年孫文の革命活動を支え、身の回りの世話をしていました。
・大月薫
日本亡命中に結婚した日本人妻です。
当時、大月薫は10代半ば(数えで15〜16歳)で、孫文は30代後半でした。
二人の間には娘が生まれましたが、孫文はこの妻子を残して帰国しました。
・宋慶齢
最も有名な妻です。
孫文の支援者であった宋嘉樹の娘で、孫文とは27歳ほどの年の差がありました。
父の反対を押し切り、孫文が盧慕貞と離婚した直後に結婚しました。
・浅田春
大月薫と出会う前に、孫文の身の回りの世話をしていた日本人の愛人とされています。
このように、亡命生活の中で各地に支えとなる女性がいたことや、非常に若い日本人女性を妻にしていたことなどから、当時の英雄にありがちな「英雄色を好む」を地で行くような人物であったと考えられています。