南京だいきやくさつって本当にあったんですか?

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1024444

2025-12-30 01:50

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はい、ありました。中国を侵略していた日本軍が1937年12月に当時中華民国の首都だった南京を攻略、占領し、約二ヶ月にわたって行なった蛮行を総称して南京大虐殺事件と言います。



日本の歴史学界でも数十年の研究、議論の結果、史実として確立しています。日本政府も認めている。



中国は、武器を捨てて降伏した無抵抗の中国兵捕虜と民間人を30万人と主張しますが証明出来ない。日本も30万ではない事を証明出来ない。正確な数は分かりませんが、僅かに残った日本軍サイドの記録だけでも大虐殺と呼べる規模な蛮行が行われた事は明らかです。



下の回答、、、

\u0026gt;\u0026gt;中国共産党が30万人なんて言い出した時点で歴史的事実ではなく「おとぎ話」のレベルになってしまいました。



これは誤解です。中国が共産党支配の中華人民共和国になったのは1949年。その11年前の中華民国の頃から30万と言って日本を非難している。蔣介石は日記にこう書いています。

1938年1月22日

「倭寇(=日本軍)は南京であくなき惨.殺と姦.淫をくり広げている」「南京防衛戦における中国軍の死傷者は六千人を超えた。しかし、より以上の悲劇が日本軍の占領後に起きた。いわゆる南京大虐殺である」「戦闘員・非戦闘員、老幼男女を問わない大量.虐.殺は二カ月に及んだ。犠牲者は三十万人(或いは四十万人とも)言われ、いまだにその実数が掴みえないほどである」



南京軍事裁判では30万、その後の東京裁判では20万以上を基礎に責任者、加担者として日本陸軍の軍人が処刑されました。共産党が中国の政権を握るのはその後で、中華民国の主張を引き継いでいる。



\u0026gt;\u0026gt;中国にいた日本軍はすごいですね。

アメリカが開発した新兵器、原子爆弾を持ってすら犠牲者は数万人なのに、日本軍は小銃と質の極めて悪い日本刀で30万人も虐殺できてしまうのですから。



これも誤解です。多数の機関銃と小銃、銃剣、日本刀が使われました。南京攻略戦に参加した日本軍は20万、中心の南京城地区に突入したのが7万。この7万だけでも、1人の日本兵が一日に1人の中国人をやったとしても五日で35万人、、、「30万」は物理的に可能でした。正確な数は永久に分からないと思いますが。



当時の日本陸軍の将軍や南京攻略戦に参加した将兵の報告書、証言、従軍日誌などがあります。例を少し紹介しますので読んで御自分で判断してみて下さい。



第十一軍司令官岡村寧次中将(のち大将)手記

「南京攻略時において約四、五万に上がる大殺戮、市民にたいする掠奪、強姦多数ありし事は事実なるが如し」



陸軍省人事局長・阿南惟幾少将

(のち大将、陸軍大臣)南京視察メモ

「軍紀風紀の現状は皇軍の一大汚点なり。強姦、略奪絶えず」「婦人方面(=レイプの事)、殺人、不軍紀行為は国民的道義心の廃退、戦況悲惨より来るものにして言語に絶するものあり」



第十六師団長の中島今朝吾中将の従軍日誌 1937年12月13日

「大体捕虜はせぬ方針なれば片端よりこれを片付ける事となし、佐々木部隊だけにて処理せしもの約一万五千、太平門における守備の一中隊が処理せしもの約一三〇〇。なお続々投降しきたる。この七、八千人を片づくるには相当大なる壕を要し中々見当たらず、一案として百、二百に分割し、適当の箇所に誘きて処理する予定なり」



第百十四師団六六連隊第一大隊戦闘詳報

12月13日午後二時

連隊長ヨリ命令ヲ受ク。

「旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スベシ」



奥宮正武海軍中佐の手記

「波止場付近で陸軍部隊が多数の中国人を文字通り虐殺している現場を見た。両手を後ろ手に縛られた中国人が河岸に沿って数メートルごとに引き出され、軍刀や銃剣で惨殺されたのち、揚子江へ投棄されていた」「それらに加えて、玄武湖の湖上や湖岸で見た大量の死体の事とも考え合わせ、莫大な数の中国人の犠牲者があったのではないかと考えざるをえなかった」



歩兵第65連隊第8中隊遠藤高明少尉の陣中日誌

「捕虜総数1万7千25名。夕刻より軍命令により捕虜の三分の一を江岸に引き出し射殺す」



山田支隊山砲兵第19連隊第3大隊黒須忠信上等兵の陣中日記

「二、三日前捕虜せし支那兵の一部五千名を揚子江の沿岸に連れ出し機関銃にて射殺す。その後銃剣にて思う存分突き刺す。ウーンウーンとうめく支那兵の声、年寄りも子供もいる。一人残らず殺す。刀を借りて首も斬ってみた」



南京以外でも同様な虐殺事件が沢山起こりました。



https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10222353690



南京攻略軍総司令官の松井石根大将は東京裁判で処刑されましたが、その直前に教誨師の花井信勝氏にこう語りました(要約)



「南京事件ではお恥ずかしい限りです。日露戦争の時の師団長と今度の師団長と比べてみると、問題にならんほど悪いですね。



慰霊祭の直後、私は皆を集めて軍総司令官として泣いて怒った。せっかく皇威を輝かしたのに、あの兵の暴行によって一挙にしてそれを落としてしまった、と。



ところが皆が笑った。ある師団長(=中島今朝吾中将の事)の如きは「当たり前ですよ」とさえ言った。従って私だけでもこう言う結果になるという事は(注: 死刑)当時の軍人たちに一人でも多く深い反省を与えるという意味で大変に嬉しい。折角こうなったのだから、このまま往生したいと思っている」

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