犯罪はする人はする、しない人はしない。そうではないでしょうか?私の座右の銘は、「すべては神の意志であり、行為者はいない」というものです。ラメッシ・バルセカール(Ramesh S. Balsekar)の非二元論の基本原理。心の平和、心の平安、心の平静さのための教えです。これを言うと、「じゃあ、犯罪してもいいではないか」と言ってくる人が、いるんですが、例として、法律で妻を殴っても、罪も罰もないとします。でも、結局、殴らない人は、殴らないわけです。つまり、妻を殴るかどうかは、本人の性質(プログラミング。遺伝子+環境からの条件付け)によるもので、実際には自由意志はないという事実を必要としません。だから、実際に自由意志があるとかないとか関係なくて、犯罪はする人はする、しない人はしない。そうではないでしょうか?

1件の回答

回答を書く

1199104

2026-05-06 21:35

+ フォロー

全くおっしゃるとおりです。

犯罪に限らず、どんな行為もそこにあるのは「動き」という事象があるだけです。
ある行為を、する人もしない人もいます。それだけです。
物理的にも心理的にも「動き」があるだけ。
私達が目にする全ては「宇宙の流れ」の一瞬を切り取った「風景画」に過ぎない、と言えます。


。。。ですが、「犯罪(罪と罰)」は「法律」で規定されているモノです。
つまり、犯罪は人間の「恣意的」な規定によるもの。
そこには明確な「意思」の存在があります。

「何を見て」「何を見たくないか」
「注意を向ける方向」を決める「意思」です。

「見苦しい行為は見たくない」
だから見えないように「排除」する。

人間にはどういうわけか「見たいもの」「見たくないもの」という「好き嫌い」があるようです。

なのでいろんな規定、法律を設けて「選別」する。
あくまで「好み」です。

何故人間には「好み」があるのか。
何故かはわかりません。
そしてどうやら宇宙のあらゆる存在にも「好み」があるように見えます。
「物理法則」「力(引力斥力)」の存在です。
くっついたり離れたり、集合離散でいろんな動きをします。

そしてそれらを統べる「宇宙さん」は何を好む?何を望む?
宇宙の「意思」は??

私の勝手な考えは「楽しさ」を求めてるのではないかと。
この宇宙の「変化」それ自体を「楽しんでる」。

だったらそれに便乗して、私も楽しめば良い。
なんかしらんけど、苦しみとか悲しみとか、余計なモノも付いてくるけど、それらも含めて「楽しむ」。
私はそう「決意」して、今日も生きてます。。。!

うったえる有益だ(0シェアするブックマークする

関連質問

Copyright © 2026 AQ188.com All Rights Reserved.

博識 著作権所有