前年まで2軍暮らしだった投手が翌年に突然1軍の先発で負けなしの連勝街道の大車輪な活躍を見せると、その後ローテーションの柱クラスに定着するより、他球団からのマークや研究をされて勝てなくなり、投手成績が伸び悩んで現役を終えるケースの方が何となく多くないですか?ここ20年だと元中日の佐藤充、雄太、元オリックスの小松、元広島の薮田とかがそうだったなと。

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1117519

2026-06-01 02:20

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確かにそういうケースは多いですね。

他球団に研究されたということもありますが、慢心・油断があったケースともあります。

西鉄~カープの藤本和宏もそんな一人でした。

1966年ドラフト外で西鉄に入団も、芽が出ず、1969年のオフに自由契約。

カープに拾われ、1年目の1970年は駄目でしたが、翌1971年に突如覚醒。

西鉄時代は遊んでいたとのことでしたが、カープ1年目のオフからトレーニングに励み体を絞った効果か、1971年は開幕後から先発で起用され、4月に初勝利。その後も勝ち星を重ね、ノーヒットノーランも記録。終わって見れば10勝6敗で、防御率1.17で最優秀防御率のタイトルも獲りました。

そこで油断したのか、1972年のシーズンに入ったときには、体を絞り切れず、シーズン早々から連敗。その後も勝ち星を挙げられずに引退しました。

通算成績は10勝10敗。10勝のすべてを1971年に挙げており、ノーノーもすれば、タイトルも獲ったという、本当に1年だけの活躍でした。

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