三条実美は維新の勲功が評価され、新政府では左大臣、太政大臣になり名目上の首班になったとあります。□■三条実美は、長州にいた4年の間にどんな活動をしたのが評価されたのですか?□三条実美は攘夷派の公家のリーダーでしたが、文久3(1863)年の「八月十八日の政変」で朝廷から排除され、都落ちして長州藩に身を寄せました。慶応3(1867)年10月の大政奉還で復位が認められ、京都に戻れました。□<三条実美>

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1012858

2026-03-14 00:05

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評価も何も、都落ちまでは朝廷内の反幕府の最高位の権力者であり、一貫して反幕府支持(なんなら薩長同盟の立役者の一人とも言える)だったので、薩長が維新で権力を握った時点で朝廷内の最高権力者となりました。

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