例えば、昭和54年(1979年)の各私大の偏差値の内、経済学部の入試偏差値で高い順から大学名を並べてみると( 「偏差値-大学名」/ 河合塾の偏差値の為に “2.5刻み” / 同じ偏差値の場合は五十音順 / 早稲田と明治は政治経済学部 )、 65.0-慶應義塾、早稲田 _60.0-関西学院(兵庫県)、上智 _57.5-青山学院、学習院、関西(大阪府)、同志社(京都府)、明治、立教 _55.0-中央、法政、立命館(京都府) _52.5-京都産業、甲南(兵庫県)、西南学院(福岡県) _50.0-神奈川、國學院、駒沢、武蔵、明治学院、龍谷(京都府) … となり、5年後の昭和59年(1984年)の同じく各私大の経済学部の入試偏差値( 代々木ゼミナール )も高い順から校名を並べてみても( 早稲田と明治は政治経済学部 )、1位-早稲田68.8 _2位-慶應義塾66.3 _3位-関西学院(兵庫県)62.8 _4位-上智62.6 _5位-同志社(京都府)61.7 _6位-明治59.7 _7位-立教59.2 _8位-学習院58.3 _9位-立命館(京都府)57.3 _10位-中央56.7 … であった通り、確かに、半世紀以上前から添付の再び河合塾の1990年-難易度表の頃までは同大関学が明治立教を何十年も入試偏差値で上回ってはいたのですが、その後、関学の壊滅的で極端に異常な落ち目振りが同大にも影響してしまい、最近では、“同大関学は明治立教の滑り止め校” というのが一般常識になっている状況です。よって、時代別に客観的に表示させて頂くと、【昭和60年頃まで】関学>同大>明治=立教 【昭和末期から平成前期まで】同大>関学>明治=立教 【平成後期から現在まで】明治≧立教>同大≫関学 となりますし、やはり、現況は、東京在住の受験生で明治立教の合格証を堂々と提示できる立場でも敢えて同大関学へ進学される方々はかなりの極少数派になりつつある傾向です。それと、前述の通り、関学の偏差値-超大暴落の悪影響が関西私大全体の信用不安として拡大しているのかもしれません( 関学の次の偏差値-破綻は同大なのでは?などと… )。更に、京都自体が観光混雑に加えて40℃近い灼熱地獄の苦しい日々が3ヶ月も長く続く気候に変わってしまった事も今後の不安材料です。