ルイ16世が錠前造りに「妻を顧みないほど」没頭していたというのは誇張で、後世の風刺が大きく混ざった都市伝説に近いと考えられます。趣味として錠前を好んだのは事実ですが、それが夫婦関係を壊すほどのものだったとは言えません。
まず事実関係ですが、ルイ16世は若いころから機械いじりや錠前に興味を持ち、宮廷内に小さな作業部屋を作って職人から技術を習ったことが記録されています。ただし国王は公務や儀礼で時間が細かく決まっており、毎日一日中鍵ばかり作っていたわけではありません。「鍵ばかりいじって妻をほったらかしだった」というイメージは、フランス革命期の王家を笑いものにするパンフレットや噂話の中で誇張されたものとみられます。
一方で、結婚後しばらく夫婦生活がうまくいかなかった時期があり、これは身体的な問題や精神的な不器用さが原因だったのではないかと今では考えられています。のちにそれは解消され、実際にマリー・アントワネットとの間に複数の子どもが生まれていますから、「鍵が好きすぎて妻を放置した結果、夫婦関係がなかった」という説明は成り立ちません。
貴族や王族が一見「変わった」手仕事の趣味に熱心になる背景には、いくつかの要因があると考えられます。第一に、経済的には働かなくてよい階層なので、時間と資源を教養的な趣味に使いやすいこと。第二に、宮廷は規則と視線に満ちた窮屈な世界なので、自分の手を動かす技術的な作業が心の逃げ場や自己実現の場になりやすいこと。第三に、当時の啓蒙思想では科学や技術への関心が高く、時計作りや機械いじりは「教養の高い王子らしい趣味」とも見なされていたことです。
まとめると、ルイ16世が錠前造りを好んだのは確かですが、それをもって「妻を顧みない変人」と決めつけるのは、敵対的なプロパガンダに影響されたイメージだと考えるのが妥当です。