ドイツ分断時代、ベルリンに西ベルリンから一部東ベルリン区間(通過)通り再度西ベルリンに行くっていう路線があったらしいけど、運転手がわざと東ベルリンで停車して亡命することはなかったの?

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1242708

2026-06-23 04:30

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「ベルリンの分裂」は極端な場合「一つのビルが壁で分断されている」みたいな厳格さで、とても越えられるものではありませんでした。



ただ、「戦前に作られた地下鉄」は、「東側地区がブランデンブルグ門に向けて突き出していた」関係で、「何駅か東を通るだけで、ほとんどは西側」という線があったんです。



もともと「地下鉄は管理が容易で、東西交流は地下鉄で管理されている部分もあった」訳で、私も地下鉄駅経由で東へ入ったこともあります。



そういう路線は「東地区に属する駅は閉鎖して、停車しない」し、各駅も当然に管理されていますから、当然に「通過できる可能性は無い」訳です。



ともかく「亡命」には、いろんな手段が試みられた時代もあった訳ですが、そういう「誰もが考えるような方法」はまず不可能、そんあことするんなら、もっと可能性のありそうなところはいくらでもありました、もちろん、現実的には不可能ですが。



それに「ベルリンの壁」は、朝鮮とは違い、「無理はするな、いずれ一緒になろう」と西側からも呼び掛けている部分が、少なくとも1970年代くらいでさえありました。



その意味では、「東西対立とは別な、ドイツ人の心情」が露骨に存在する部分もあったので、そんなムードではなかったですね。



そもそも、「西ドイツから西ベルリンへの列車」は夜じゅうかけて「東ドイツ国内を走ってくる」訳ですから、遥かに広い可能性があったことにもなる訳です。

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