創価学会は、なぜこれほど広がったのに、「人類を変える宗教」になれなかったのでしょうか?今後、どう展開すべきだったのでしょうか?創価学会は「個人を変える力」は持っていたが、「社会の考え方そのものを変える力」にはなれなかった──これが最大の理由だと思います。もう少し噛み砕いて説明します。なぜ多くの人を救えたのか創価学会の教えには、確かに強い力がありました。 • 苦しんでいる人に「あなたにも価値がある」 • 負け続けてきた人に「境遇は変えられる」 • 自信のない人に「凡夫でも仏になれる」これは、当時の日本社会ではとても希望になる言葉でした。つまり、個人の人生を立て直す力は本物だった。では、なぜ「失敗した」と言われるのか問題は、その先です。創価学会は次第に、社会の価値観を変えるよりも組織を守り、拡大する方向へ進んでしまいました。その結果、こうなります。①「信仰」が“考えを広げる力”ではなくなった本来の信仰は、個人の固定観念を外し別の見方を可能にするものでも現実には、疑問を持つと「信心が弱い」、批判すると「退転者」、組織の考えが正解という空気が強くなった。信仰が、人を自由にするものではなく、考え方を固定するものになった。②「凡夫即仏」が個人止まりになった「誰でも仏になれる」という考えは、本来、 • 身分差別 • 人種差別 • 勝ち負けの価値観そのものを問い直す社会全体へのメッセージになり得たはずです。しかし実際は、 • 個人の幸福 • 家庭の問題解決 • 成功体験に話が集中した。社会の仕組みや価値観は、そのまま残った。③ 題目が「心を整える技術」から「成果管理」に変わった本来、題目は、心の状態を切り替える冷静さや俯瞰を取り戻すための行為ところが、 • 何時間唱えたか • 折伏できたか • 勝利体験が語れるかと、成果や数字が重視されるようになった。結果、自由な実践ではなく「やらされ感」強くなった。④ 社会の共通言語に翻訳できなかった現代社会では、 • 人権 • 科学 • 論理 • 多様性が共通言語です。しかし創価学会の説明は、 • 内部用の言葉 • 信者向けの論理に閉じてしまい、外の人に伝わらなくなった。正しいかどうか以前に、理解されなくなった。では、どう展開すべきだったのかもし創価学会が「失敗しなかった道」を考えるなら、方向は明確です。① 信仰を「考えを止めるもの」にしない • 疑問を歓迎する • 批判を排除しない • 「信じろ」ではなく「考え続けよう」信仰は思考停止ではなく、思考の起点であるべき。② 凡夫即仏を「社会の原理」として語る • 誰もが尊厳を持つ • 上下や勝ち負けを絶対化しない • 人権思想と接続する個人救済で終わらせない。③ 題目を「心の操作技術」として開示する • なぜ効くのか • どんな状態変化が起きるのか • 他の方法とも比較する宗教の秘儀にせず、人間の心の仕組みとして説明する。④ 組織拡大より「翻訳」に力を使う • 宗教用語を一般語に翻訳 • 科学・心理学・哲学と対話 • 信者でなくても使える形にする「信者を増やす」より「意味を共有する」。創価学会が完全に間違っていたとはいいませんが、むしろ、「人間は変われる」というメッセージを社会全体にまで広げ切れなかった。それが最大の限界だった。創価学会は、人を救う力は持っていたが、社会の考え方そのものを更新する段階で、組織防衛と信仰固定に傾いたことで、本来の可能性を自ら狭めてしまった。では、今後、「創価学会」という名前でやる必要があるのか、むしろ、その名前が最大の制約になります。名前は「過去の固定概念」を背負い、強い固定イメージが付着しています。これは善悪以前に、新しい話を聞く前に、思考が閉じるトリガーになっています。名前を見た瞬間に拒否反応、人類的社会フレーム転換を目指すなら、致命的です。名前が、敵味方の分断装置として機能してしまいます。 日蓮の思想と「創価学会」は、もはや別物化ここが重要。日蓮がやったことは、 • 既存仏教権威の否定 • 時代認識の更新 • 思想フレームの強制的転換つまり、「宗派を作る」ことではありません。「創価学会」という名前でやる必要はなく、むしろ、その名前を降ろせるかどうかが、再生できるかどうかの分かれ目になるのではないですか。自ら“宗教であること”を降りるという選択肢すら、最も創価的(=価値創造的)だと言えるのではないでしょうか?