哲学というものは「『納得』への強い欲求」が生み出す知的行為」だとする私の哲学観について問うたら、すべての知的行為がそうじゃないかという回答をいただき、納得しました。ただ、では芸術的行為についてはどうなんだろうと考えたとき、それもまた「納得する美の表現」を目差したいということなんだろうと思いました。私自身はむかしから納得しないと気が済まないところがありまして、それで人に対し厳しく迫ってしまって嫌われるところも多々あります。あなたご自身は「納得」というところまで追究しようとする情熱をお持ちでしょうか。それがなくては、少なくとも哲学ということはできないように思うのですが、反論がありますか?