美術に詳しい方にお聞きしたいのですが、江戸時代とかで日本画の画風が普通で、西洋みたいなリアルな絵が発展しなかったのって、筆と墨、和紙?という筆記具の限界によるものだったりしますか?何か考察してるサイトとかあったら知りたいです

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1273380

2025-12-31 13:20

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これは中国絵画や漢詩の影響も考えられます。



中国絵画もいろいろですが、北宋の時代は、

「徽宗」

のようなリアルな写実的な絵を描く皇帝も現れ、そういうのは

「北宋画」

とか、

「院体画」

といわれました。



しかし北宋は北方騎馬民族の

「金」

に侵略され、徽宗皇帝は捕虜となり、逃げた家臣は今の上海の近くに

「南宋」

という国家を新たに作りました。



南宋では、写実的な北宋の北宋画や院体画よりも、仏教、

「禅宗」

の影響を受けた

「水墨画」

だとか、漢詩を作る漢詩人であり、官僚でもある

「士大夫」

が描く絵画、

「文人画」

の方が流行り、これは

「南宋画」

あるいは

「南画」

と呼ばれました。代表的な人物はトンポーローを作った

「蘇軾」

です。ちょうどそのころに日本から中国に行った禅宗の僧侶が

「雪舟」

です。



日本では、雪舟のような禅宗の僧侶が美術論、美学に大きな影響を与え、また室町幕府の足利義政だとか、山口県の大名、大内氏だとかがそれにはまることで、特に

「戦国武将」

の間で定着したのです。今のアメリカでいう

「ZEN」

です。ZENはルッキズムのような見た目よりも、精神性、スピリチュアルを重視したのです。ダルマの絵とかもそうであり、それは与謝野蕪村のような俳句を作る俳人が描くことで

「俳画」

となりました。これは中国の文人画の影響です。

「詩情」

の表現、外見の描写よりも感情表現が重視されたのです。浮世絵もその流れです。



つまり中国、東洋には、すでに北宋画・院体画のようなそれなりに写実的な絵画がありましたが、南宋の蘇軾が、水墨画や文人画をそれよりもいいものと主張したのです。中国語でいうと

「論画以形似 見与児童隣」

現代語にすると、

「絵画を論じるのに形が似ていることを以ってする。そういう見方は子供じみている。」

「論画以形似」

形が似ているか否かで絵画を論じてはいけない。中国絵画の目指すものが形を超えていることを指す。という部分です。



蘇軾は、リアルだからスゲー、似てるからスゲー、というのを明確に否定したわけです。これは現代のアニメやマンガのキャラデザ、キャラクターデザイン、美少女フィギュア、現代美術などにも通じる発想、理論です。



ホキ美術館に飾ってる絵のようなのでは表現できない、あるいは失われる部分があるということを、蘇軾はすでに確信し、力説していたわけです。あるいは蘇軾は、ただリアルなだけな絵をすでに退屈と考えていた、見飽きていたわけです。最近のジブリやディズニーの映画が逆につまらなく見えるのと同じ原理です。



あんまり描き込みすぎると逆に絵として見づらくなる、センスのいい

「略画」

の方が逆にカッコいい、クールというのが蘇軾の主張だったのです。

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