これは中国絵画や漢詩の影響も考えられます。
中国絵画もいろいろですが、北宋の時代は、
「徽宗」
のようなリアルな写実的な絵を描く皇帝も現れ、そういうのは
「北宋画」
とか、
「院体画」
といわれました。
しかし北宋は北方騎馬民族の
「金」
に侵略され、徽宗皇帝は捕虜となり、逃げた家臣は今の上海の近くに
「南宋」
という国家を新たに作りました。
南宋では、写実的な北宋の北宋画や院体画よりも、仏教、
「禅宗」
の影響を受けた
「水墨画」
だとか、漢詩を作る漢詩人であり、官僚でもある
「士大夫」
が描く絵画、
「文人画」
の方が流行り、これは
「南宋画」
あるいは
「南画」
と呼ばれました。代表的な人物はトンポーローを作った
「蘇軾」
です。ちょうどそのころに日本から中国に行った禅宗の僧侶が
「雪舟」
です。
日本では、雪舟のような禅宗の僧侶が美術論、美学に大きな影響を与え、また室町幕府の足利義政だとか、山口県の大名、大内氏だとかがそれにはまることで、特に
「戦国武将」
の間で定着したのです。今のアメリカでいう
「ZEN」
です。ZENはルッキズムのような見た目よりも、精神性、スピリチュアルを重視したのです。ダルマの絵とかもそうであり、それは与謝野蕪村のような俳句を作る俳人が描くことで
「俳画」
となりました。これは中国の文人画の影響です。
「詩情」
の表現、外見の描写よりも感情表現が重視されたのです。浮世絵もその流れです。
つまり中国、東洋には、すでに北宋画・院体画のようなそれなりに写実的な絵画がありましたが、南宋の蘇軾が、水墨画や文人画をそれよりもいいものと主張したのです。中国語でいうと
「論画以形似 見与児童隣」
現代語にすると、
「絵画を論じるのに形が似ていることを以ってする。そういう見方は子供じみている。」
「論画以形似」
形が似ているか否かで絵画を論じてはいけない。中国絵画の目指すものが形を超えていることを指す。という部分です。
蘇軾は、リアルだからスゲー、似てるからスゲー、というのを明確に否定したわけです。これは現代のアニメやマンガのキャラデザ、キャラクターデザイン、美少女フィギュア、現代美術などにも通じる発想、理論です。
ホキ美術館に飾ってる絵のようなのでは表現できない、あるいは失われる部分があるということを、蘇軾はすでに確信し、力説していたわけです。あるいは蘇軾は、ただリアルなだけな絵をすでに退屈と考えていた、見飽きていたわけです。最近のジブリやディズニーの映画が逆につまらなく見えるのと同じ原理です。
あんまり描き込みすぎると逆に絵として見づらくなる、センスのいい
「略画」
の方が逆にカッコいい、クールというのが蘇軾の主張だったのです。