古文についての質問です。文中で「人」が出てきた場合の識別の考え方をお聞きしたいです。文脈によって指す内容が変わる語ですが、大抵女房か一般人として考えられている体感があります。例)「もろともに詣で給へる人」⇒「一緒に来た女房」この「人」という語は、敬意を示さなくて良い身分の人々にのみ使われるのでしょうか?

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1180554

2026-02-17 03:25

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古文中の「人」という言葉は、現代の言葉使いと比べると少し異なる場合があります。確かに「人」は文脈によって指す対象が変わる可能性がありますが、必ずしも「敬意を示さなくて良い身分の人々」に限定されるわけではありません。以下にいくつかのポイントを挙げます:

1. 一般の人を指す: 「人」はしばしば一般的な人々(一般人、市民など)を指す言葉です。例えば、「百姓皆曰」の「百姓」は「人々」という意味になります。

2. 特定の人を指す: 文脈によっては、特定の人物も「人」と呼ばれることもあります。例えば、「その人は勇者だ」という文は、特定の人物を指している可能性があります。

3. 敬意の表示: 「人」という言葉自体は、必ずしも敬意を表すわけではありません。ただし、文脈や他の表現に合わせて敬意を込めて使われる場合もあります。例えば、「此人を召べば」の「此人」は、敬意を込めて特定の人を指している可能性があります。

4. 女性を指す: 「女房」や「婦人」などの言葉は明確に女性を指す言葉ですが、「人」という言葉は特に文脈がない場合は、どちらの性別も指す可能性があります。

5. 敬語の使用: 古文中でも、人物との関係性や状況によって敬語や非敬語が選ばれます。例えば、「お手伝いする人」は敬意を表している一方、「奴隷の人」は非敬語的表現でもあります。

したがって、「人」という言葉が必ず敬意を示さないとは限りませんし、必ず敬意を示すとはとも限りません。その文脈と他の表現を考慮に入れて理解することが大切です。

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