仏教について質問です仏教に神は死ぬほどいると思います、八百万の神であったり七福神であったりと、そしてよく教えられるのは木にも雨にも風にも全てに神がおり、いつも見られていると教えられました、そんなにたくさんの神がいる日本は年末元旦の神社でなんの神に祈ってるんですか?

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2026-04-06 09:00

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日本には八百万(やおよろず)の神々が居ると言われていますが、大きく分けると4種類の神に分けることができます。

・神話の神で天皇に関係ある神社で伊勢神宮や出雲大社などがあります。

・国家のために尽くした人を神として敬う天満宮や東照宮や靖国神社があります。

・中国やインド由来の神で、七福神があります。

・木々や森や湖など日本全国に自然を神として祀る神社や社や氏神神社が数多くあります。



この自然信仰が日本古来の信仰であり、神として敬うということはみんなで大切に守るということでした。みんなで大切に守ることによって、自分たちも自然からの恵みによって守られるという考え方なのだと思います。この考え方が他の神にも受け継がれ、全ての神を大切にすることで人間も守られるという考え方になったのではないでしょうか。どんな神でもそのまま受け入れることで、争そわずに皆が平和に暮らすための知恵だったのではないかと考えています。



キリスト教やイスラム教のような一神教の神は人間に対して絶対的な支配者であり人間に服従を求めるのに対して、日本の神は人間に服従を求めたり、命令や指示を出したりしていません。神社には死んだ人の怨念や呪い、自然の脅威を鎮めたり封じ込めるために設けられているものがあるように、神になれば人間にない力を持つようになり、人間を守り願いを叶えてくれる力を持つようになると信じている人もいるようです。日本人は仕事や趣味であっても、だれにも真似のできない技を極めた人を神と呼ぶことがありますが、日本人にとって神とは人間を超えた尊敬の対象なのだと思います。また尊敬に値する人が亡くなった後に神として祀るのも、日本人が神を尊敬の対象であると考えている証ではないでしょうか。



日本の神道には教義がありません。教義がないということは神が人間に対して何も教え導いていないと言うことです。有るのは祭りや結婚式やお祓いなどの儀式だけです。宗教には必ず教義や経典があり、人間に対して何らかの指針を示していることが必要です。教義がなく儀式だけが有るということは宗教ではなく、人々を繋ぐための日本の伝統文化だと考えた方が良いのではないかと思っています。宗教ではなく日本の文化であったからこそ、どんな神様も受け入れることができたのではないでしょうか。天照大神の子孫であるといわれている天皇(欽明天皇)が仏教を受け入れていますし。奈良の大仏は聖武天皇によって建立されています。



仏教も仏とは悟りを開いた「人」と言う意味なので、絶対的支配者ではなく尊敬の対象なのです。日本人は複数の神社やお寺を行き来していることに対して疑問を抱いている人が居るようですが、尊敬する人を一人に絞る必要がないように尊敬する神や仏を一つに限定する必要はないはずです。仏教と神道は共に信ずる対象が尊敬の対象であると言う点が同じなので共存できているのではないかと思います。従って神社とお寺の両方に参拝に行ってもなんの問題もないはずです。



祈りには3種類の祈り方があります。他力本願の祈りと自力本願の祈り、そして日々の習慣としての祈りです。他力本願とはお願いすることです。ただひたすら助けてくださいとお願いする。この祈りは希望であり、希望はどんな困難をも乗り越える力を与えてくれます。自力本願の祈りとはこうなりたい、こうなりますと誓うことです。必ずやり遂げると誓うことによって持続力と強い意志を得ることができます。習慣やルーティーンとしての祈りは気持ちを常に平穏に保ち、感情的になって間違った行動を避けるためでもあります。キリスト教のような一神教は他力本願の宗教ですが、仏教や神道は宗派や神様によって他力本願と自力本願に分かれています。日本人はこれらを上手に使い分けていたようですが、現在は曖昧になっているように見えます。

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